1941年、戦争に向けて準備をしていた米海軍は、丸首で綿100%のTの形をした新しいシャ
ツを用意した。シアーズ・ローバック社がデザインを担当したものである。兵隊の制服だったTシャ
ツは、やがてアメリカ人の心を捕らえることになった。
太平洋戦争において、気温が高くてジメジメとした熱帯性気候のフィリピンなどでは、Tシャツ姿
で過ごすしかなかった。他にもコンバットブーツ、カーキのチノパンツとヘルメットが制服だった。
暑い地域での戦いによるヒドイ汚れ、荒れた土地での行動に、Tシャツは最適の着衣だったの
だ。それに比べて、日本兵は着衣にあまりにも無頓着だったといえる。
しかし真っ白のTシャツは、簡単に日本兵の標的になってしまう欠点があった。そこでTシャツ
は、茂みや土の色に同化するように、カーキ色に染められた。最初は白かったTシャツが、突然
カーキ色に変わったことに、日本兵たちは気付かなかったそうだ。
終戦前の米国では、Tシャツは英雄的な着衣として受け入れられるようになった。戦況を伝える
マスコミの写真などで、いつも目にしていたからである。実際に着てみると、もう一枚の皮膚のよ
うな快適さがあり、誰もがトリコになってしまった。そうしたブームはたちどころにヨーロッパへも広
がり、解放をもたらすシンボルとして普及したのである。
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